未題

800字のコラム

グレン・ネイプ『ぬいぐるみさんとの暮らし方』

 『ぬいぐるみとの暮らし方』ではない。『ぬいぐるみさんとの暮らし方』である。
 “この本のように、あまり「普通」ではない本は、必ずやいろんな議論を引き起こすことになると思います。読者の多くは、果たしてわたしが本気なのか、この本の内容が事実なのか、きっといぶかしく思うことでしょう。もちろん、わたしは本気ですし、書いてあることは事実です。”

 ぬいぐるみの進化をたどるのは、とてもむずかしい。1920年、最初の「テディ・ベア」が生まれた年よりまえのぬいさんの歴史は、いまだ謎につつまれている。“ぬい”さんとは、“ぬいぐるみ”さんの略である。また、生まれたてのぬいさんのことを“新ぬい”さんといい、ぬいさんの人生のことを“ぬい生”という。
 本書で一貫しているのは、ぬいさんは生きているということである。たとえばぬいさんは、食事をする。繁殖をする。病気にもなる。
 ぬいさんにとってもっとも一般的な病気は「自己否定」である。これは人間が偶然、ぬいさんに印象づけてしまった、ネガティブな考えのせいでおきる。自己否定は、新ぬいさんが、「ぬいぐるみなんて、生きていない、生命のないおもちゃだ」という考えを受け入れたときからはじまり、自己否定がすすめば、治療はきわめてむずかしくなる。
 なにせぬいさんはとても信じやすい生きものであり、とくに、自分たちにとってあまりに身近なものは、なんでも、すぐ、信じてしまうのである。ぬいさんの情緒的な病気である、「感情的同調病」と「情緒的なトラウマ」からも、ある種の器のなかに人間の意識を投影することによって、ぬいさんが徐々に魂を宿していくようすがわかる。

 訳者のひとりである土屋裕によると、原著者は、輪廻転生、密教心理学、『魂の本質』などをおしえている人物であり、多くのぬいぐるみの友人・仲間として生活をしているそうだ。きっといまも、ぬいさんとの対話を重ねていることだろう。