未題

800字のコラム

羽海野チカ『3月のライオン』

  “「自分の大きさ」が解ったら「何をしたらいいか」がやっと解る。自分の事が解ってくれば「やりたい事」もだんだんぼんやり見えてくる。そうすれば…今のその「ものすごい不安」からだけは抜け出ることができるよ。”

 いま、どのあたりにいるのだろう。前作、『ハチミツとクローバー』にも増して拍車のかかった彼女の暗さは、わたしを容易に、底なしの闇へと落としこむ。外はざあざあ降りの雨。時折、雷まで鳴っている。彼女はどうとらえるだろう。果たしてこわいとおもうだろうか。わたしは、おもわない。この雷は安心を与えてくれる。
 彼女は、つねになにかに追われている。そのなにかを振り切るよう描いているのだ。描くことで、ひかりをさがしている。だからこの苦しみは、不条理ななにかで打ち切られることが好ましい。雷ならそれができる。

 主人公の桐山零は、幼いころに交通事故で家族を失い、父の友人である棋士、幸田に内弟子として引き取られ、15歳でプロ棋士になった。幸田の実子の香子たちとの軋轢もあり、六月町にて1人暮らしをはじめた零は1年遅れで高校に編入するが、周囲に溶けこめず校内で孤立し、将棋の対局においても不調がつづいていた。
 “一人じゃどうにもならなくなったら誰かに頼れ ―――でないと実は誰もお前にも頼れないんだ”

 おんなじところをぐるぐるしている感じがする。自分はすすめているのか、どこにいるのか、よくわからなくなることがある。けれど、あるときふと気づく。たしかに、すすんでいること。それこそが、彼女の描くちいさな幸せなのだ。雲の切れ間からひかりが差しこむ、その瞬間。
 そうしてはじめて、死ななくてよかった、とおもう。苦しみを享受しても、その先にいきたいとおもう。「ものすごい不安」からさえ抜け出せれば、浮上するだけのひかりがみえる。その、くりかえし。落とされて、落とされて、それでも浮上する。彼女は力強く生きている。