未題

800字のコラム

浅野いにお『おやすみプンプン』

 ベーコンマヨロールが急にたべたくなった。ほんとうに急だった。セブンイレブンに電気代を支払いにいったとき、ちょうど目についたのがきっかけだ。ふだん滅多に買うことのないそれに、わたしは熱烈に惹かれていた。
 ほんとうは、家にうなぎがあった。ここ何日かたべつづけている、うなぎ。だから、ベーコンマヨロールを買うかどうかとても迷った。もしいまここでベーコンマヨロールをたべれば、わたしはまたすべてを一からやりなおさなければいけない、そうおもった。
 しかし、わたしはベーコンマヨロールがたべたかった。熱烈にたべたかった。毎日出されるうなぎではなく、なんの変哲もない、ひとつ129円のベーコンマヨロールがたべたかったのだ。

 わたしはちょうど、『おやすみプンプン』をよんでいるところだった。きっと、愛子ちゃんに何ねんも囚われつづけるプンプンをみて、そんなことを考えたのだとおもう。プンプンは、幼いころ出会った愛子ちゃんを、何ねんも何ねんも想いつづけた。
 想いつづける、なんてことばは相応しくないのかもしれない。それはもう、執着だった。会いもしない愛子ちゃんが、プンプンのこころのなかで膨らみつづける。そのせいで、プンプンは悩みつづける。不毛だった。

 ベーコンマヨロールのひと口目は、涙が出るほどおいしかった。やわらかいパンの食感に、マヨネーズの風味が広がる。ひとつ129円のベーコンマヨロールでなぜこんなにも泣いているのか、意味がわからなかった。ただ感動していた。
 しかし、何口かたべるとすぐ、そんなベーコンマヨロールの味に飽きてしまった。半分もたべるまえに飽きた。わたしに涙まで流させたそれも、やはりただのベーコンマヨロールだったのだ。不思議だ。
 わたしはきっと、プンプンみたいな人間をどこかで理解したくないのだとおもう。愛子ちゃんもそうだ。囚われつづけるふたりの関係が恐ろしくて、恐ろしくて、わたしは急いでベーコンマヨロールをたべきった。