未題

800字のコラム

古舘春一『ハイキュー!!』

 王道らしい王道漫画では、ない。というのも、悪役らしい悪役がこの物語に存在しないからだ。ほかのスポーツ漫画によく登場する、反則によって相手選手を貶めるような邪悪なキャラクターはいない。それぞれがそれぞれの人生を精いっぱい生きている。だから、ひとつひとつの描写がとても丁寧なのだ。
 考えてみれば、人生はそもそもが地味なものかもしれない。螺旋丸や卍解など、できるできないを実感する技を身につける機会などほとんどない。こどものころならまだしも、おとなになるにつれなにをもって進歩とするか、それすらも目にはみえず、評価のむずかしいことが多い。そんななか、こころを折らず生きていくことのなんと途方もないことか。
 物語とは、そんな果てない道のりを目にみえてわかりやすく、結果を伴いながらわたしたちに提供してくれる。それが娯楽となり、勇気となり、わたしたちに生きる力を与えてくれる。けれど、それも度がすぎてファンシーだと、あるときから一気にたえられなくなる。単純な善悪の戦いは、どちらかを必ず悪者として罰することになってしまう。

 もうひとつ、注目してほしいのはスランプの扱い方だろうか。人間は進歩するとき、一度後退する。正確には、つぎのステージにすすむためにそれまでのかたちを一旦崩し、新しい要素を取り入れるということなのだが、その描写もまた、とにかく丁寧に描かれているのだ。無理難題を押しつけられ、短期間で修行してパワーアップする、という主人公も魅力的ではあるのだが、これだと人生には応用しきれない。
 つまり『ハイキュー!!』は、これまでの短期決戦型漫画とは一線を画しているのだ。ゆえに、地味ではある。けれど、登場人物ひとりひとりに寄り添い、こつこつと物語を積み上げていくその姿勢は、人生においても見習うべきところがあるはずだ。ただ安穏と生きるのでなく、闇雲に生きるのでもない。腰を据えて目標を達成していく、ということの重要性がよくわかる漫画だといえるだろう。