武者小路実篤『愛と死』
“無責任な他人のいうことを一々気にしていたら、人間は落ちついて生きてゆけない。自分をいつわって生きてゆくのには、世間や他人を信用していない。”
惹きこまれる。ただ、はなしを黙ってきいてあげたい。ここまで声高らかに宣言するに至るまで、彼はどれほどの苦悩を味わってきたのだろう。
“兄はいつかこんなことを言っていました。私は最後の人間に望みを置いている。その人が私達の実現したいことを実現してくれるだろう。”
もし、わたしがその最後になるとしたら。
自らの思い描く満開のひまわり畑を、捨てなければならなくなるのだろうか。あるいは、どこかの地点でなにかをあきらめるよう、幸せに足をかけることになるのだろうか。
しかし、そうして踏み出した未来に、先なんてあるのだろうか。
「私、へんに先生に御逢いしたくなって、こっそり会場の前へ行って見ましたが、もうしいーんとして誰もいませんでした。それで泣きたいような気持で家に帰って来たのでした」
「それは惜しいことをしましたね、僕もあなたにあの晩逢いたかったのです」
二人はつい顔をあわせて、微笑した。お互の心の底がわかったような気がした。
「馬鹿ですって」とときには反発し合いながらも、ふたりは何度も、何度でも歩み寄る。
「淋しさの谷、涙の谷をさまよわぬものは、人生を知ることすくなし。」
出立の前日に交わされるのもまた、幸せの絶頂なり。
「その一人に僕は生命をささげます」
「そんなことを言うと芸術の神の罰を受けますわ、嫉妬深いと申しますから」
夏子は何の意味もなく冗談に言った。
「本当に僕は世界一の幸福者だとこの頃思っています」
「世界で二番目でしょう」
「それなら一番は誰です」
「おわかりにならない、随分頭のわるい方ね」
――ああ、ほしい、わたしもほしい、望むものすべてがここにある。
「ケサ三ジ ナツコリユウコウセイカンボ ウデ シスカナシミキワマリナシスマヌノノムラ」
今朝三時、夏子流行性感冒で死す、悲しみきわまりなし、すまぬ、野々村。
覚悟はしていた。村岡と夏子が親密になるにつれ、漂う別れの予感、ただ、ただ、その幸せがどちらかの裏切りによって壊れやしまいか、わたしは、それだけを考えていた。
だから、絶たれるならば。できるだけ不条理なほうがいい。